#1 宝生和英さん(シテ方宝生流二十代宗家)

リレーエッセイ

「小さな経済」

eskimo

この度は『能楽タイムズ』のWEB版の発信、誠におめでとうございます。この栄えある第一走者を、とのお話をいただき戸惑いもありましたが、少しでもこの新しいコンテンツに花を添えられればと思い、執筆(といってもパソコンですが)をさせていただきました。テーマが自由とのことで色々と悩みました。ですが、ここはWEB配信、その特性を活かしまして軽い気持ちで読んでいただけるようなお話を一つ。

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皆さん、何かモノを買った時、買った後で後悔したことはありませんか?私もよく衝動買いをしてしまう事があります。魅力的な商品(特に電化製品!)を目にすると、使いこなす自分をつい想像してしまい、次の瞬間にはレジへ直行することに……

そんな私ですが、以前、経済学の勉強をしていてこんな言葉を知りました。

── 我々はドリルを欲している訳ではない、ドリルが開けた穴を欲しているのだ。

他にもバリエーションがありますが、これが一番分かり易いのではないかと思います。私などは、ドリルの形状や他の用途まで色々と熟考してしまいますが、結局必要な穴が開ければ良いのですね。目的はドリルを得る事ではなく、その先にある結果の方ということです。

drill

さて、今、皆さんがご覧になっているインターネットとは、まさに多様性の宝庫。情報を共有できるし、意見の着信も、もちろん発信だって可能です。それ故に、自身でしっかり取捨選択をしないと必要以上の情報を詰め込んでしまう恐れがあります。もちろん、これから本ページを多くの方に活用して頂く為には、発信する側も「誰」に「何」を提供するのかを丁寧に探る必要があります。

これに関連してもう一つ、こんな話もあります。「カナダのエスキモーに冷蔵庫を売る。」……我々は、〈冷蔵庫=モノを冷やすための道具〉という固定概念を持っています。しかし、エスキモーたちが住むのは極寒の地ですので、モノを冷やす必要はありません。そういう状況で冷蔵庫を売るにはどうしたら良いか、冷蔵庫の価値をどう位置づけるか。結果的に、冷蔵庫は吹雪の中、モノを取りに行く手間を省き、また、氷点下何十度という世界において「冷やす」のではなく「保温する」ための道具として求められる事になるのですが、このお話が伝えたいのは、その商品に従来の価値の他に、どのような価値を創造できるかということです。

インターネットの多様性をうまく活用して、既存のサイトとの差別化、また市場に新しい価値を付与する事は、能楽界の将来にとても重要なことです。市場は生き物であり、刻一刻と変化をします。本サイトが、能楽界のWEB市場に新しい風を吹かせることを祈念しまして、結びとさせていただきます。

(イラスト/酒井慈子)



宝生和英氏

昭和61年生。宝生流十九世宗家宝生英照の長男。平成3年「西王母」子方で初舞台。7年「岩船」で初シテ。10年「石橋」、19年「道成寺」を披く。18年より宗家代行を務める。20年3月、東京芸術大学卒業。同年4月に第二十世宗家を継承。同年「翁」を、以降「鷺」「石橋」「乱」などを披く。公演活動だけでなく、能楽公演のプロデュースなども精力的に行っている。