vol.4 紐類Ⅱ/烏帽子紐、割紐、天冠紐

能の必需品

 

 

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前回の〈面紐〉に続く能の必需品「紐類」第2段は、冠り物(かぶりもの/烏帽子や天冠など頭につける道具)を固定する紐を紹介する。

上の写真左が〈烏帽子紐(えぼしひも)〉、右は〈天冠紐(てんがんひも)〉。それとは別にもうひとつ、風折烏帽子などに使われる〈割紐(わりひも)〉の3点をお持ちいただいた。

冠り物は普段、そのものだけを桐箱などに入れて保管してあるため使用する際はその都度紐をかける。また、同じ道具であっても状況によって幾通りかのかけ方があり、各流儀、各家によっても違いがある。紐はすべて前回の面紐と同じ絹糸で作られていて、色は紫色一色(銕仙会の場合)。ただし仮髪(かはつ/鬘や頭など、頭につける毛髪類)によっては別の色を用いる場合もある。また、山伏の兜巾(ときん)には白の太い組紐を使用する。

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「井筒」の初冠(ういかんむり)などで使われる割紐(撮/駒井壮介)

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兜巾


1.烏帽子紐

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烏帽子紐は、その名の通り梨打烏帽子や静折烏帽子、前折烏帽子のほか、唐冠(とうかんむり)、透冠(すきかんむり)などに使用される紐で2本ひと組になっているもの。紐の先端は片方が房になっており、反対側は「乳(ち)」という小さな輪っかに作られている。

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写真を見てわかる通り、烏帽子の内側の左右には細い紐がついていて、そこにまず乳の部分を通し、出てきた輪に紐の先を通すことで固定される。

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出来上がりはこんな感じ!

紐は顎の下で蝶結びにし、その蝶結びの輪っかのほうを頬に入れて固定。房の2本だけ顎の下に垂れている状態で完成形だ。なお、舞台で使用する際は面をかける場合が多く、その際は面紐と十字に絡める。

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「屋島」(撮/駒井壮介)

○  ○  ○

2.割紐

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割紐は、風折烏帽子、初冠(ういかんむり)に使用される長い1本の紐で、真ん中が10センチ程ぱっくり割れる作りになっていることから〈割紐〉と呼ばれる。この割れた部分を機能的に使い、冠り物を固定する。

【風折烏帽子】
風折烏帽子には、下のような2種類のつけ方がある。

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いわば複雑バージョン(①)と単純バージョン(②)で、観世流の場合特殊な場合のみ左の付け方をする。写真の風折烏帽子には、①の付け方をする用に外側(左右のそれぞれ1ヶ所と、後ろ1ヶ所の計3ヶ所)に目立たないように糸がついており、そこを通すことで紐がズレるのを防いでいた。付け方は、①…後ろの固定糸に〈割紐〉の真ん中2本になっている部分を通し蝶結びにし、その左右の紐を烏帽子側面で十字に交差させてかたちをつくって完成。②…輪の部分を烏帽子の前方に掛け、横に垂れた紐を左右の糸の輪に通すという単純な方法。
装着時には顎紐は蝶結びにし、すべて下に垂らす。

【初冠】

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初冠は、もともと公家社会で用いられていた冠で、能では「雲林院」「融」などの天皇、貴人、老体の神などの役に用いるもの。冠の後ろに纓(えい)をつける(※纓には垂れたままの垂纓/すいえいと巻かれた巻纓/まきえいがあり、巻纓になると頬に老懸/おいかけと呼ばれるファサファサの飾りがつく)。今回お持ちいただいたのは「井筒」でおなじみの巻纓の初冠。

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巻き付けている様子

銕仙会では、上の写真のように紐の中央(紐が分かれている部分)の両紐をともに頭の突起(巾子/こじ)の後ろにまわし、横に出ている棒にしっかりと巻き付け、手前で着物と同じく左が上に来るようにクロスさせるのが通常。家によっては巾子に紐の割れている部分を通すやり方もある。冠の形が出来たらあごの下で大きく蝶結びにし、すべて下に垂らす。

○  ○  ○

3.天冠紐

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この紐は、天冠、龍戴(りゅうだい)、輪冠(りんかん)などに使用されるもので2本1組。1本の紐の先がふたつに別れ、さらにその先が細くつくられているのが特徴だ。

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けっこう長い

天冠の左右にはそれぞれ2つずつ穴があいており、まず、この紐の一番細くなっている部分を外側から通し、中でしっかり結んで止める。それから先、冠の中での紐の処理は個人それぞれやり方が違うというが、天冠をちゃんと固定することはもちろん、紐がもつれて邪魔になったり出てきてしまったりすることがないようコンパクトにまとめるのが大切だそう。

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なお、写真は天冠の土台部分だけだが、舞台ではこの上に月や鳳凰、白蓮を立て(観世流)、また四方に瓔珞(ようらく)と呼ばれるキラキラした飾りを垂らすなどする。輪冠の場合は上に鶴や亀、鷺が、また龍戴には龍を立てるなど、この紐を使用する冠類には装飾品が多く烏帽子などよりも不安定なため4つの支点でしっかり頭に固定できるようになっている。
顎紐は烏帽子紐と同様、顎で蝶結びにし輪の部分は頬に、紐は下に垂らす。

「書生中にはじめて天冠をつけた時、落ちるのがこわくて顎の下で紐をきつく締めたんです。そうしたら、舞台に出た時に首が絞まって全く声が出なくって……あれには参りました。笑」(谷本さん談)

能の冠り物は、その人物の身分や役柄をひと目で知らせる重要なアイテムのひとつ。しかしそれらを支える紐は、時に割紐のように装飾的に使用されることもあるが原則的に目につくことはほとんどない。その目立たない道具に伝えられてきたしきたりは、今も能の伝統を支えている。

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「羽衣」天冠の上には鳳凰、まわりに垂れているのが瓔珞(撮/駒井壮介)

監修/谷本健吾(シテ方観世流)
協力/銕仙会、鵜澤光、安藤貴康
舞台写真撮影/駒井壮介
考/能楽大事典(平凡社)

※次回の『能の必需品』は紐シリーズ最終回。〈太刀紐〉〈唐織紐〉を紹介する予定です。



谷本氏写真

谷本健吾氏

シテ方観世流。銕仙会所属。昭和50(1975)年生。谷本正鉦の孫。祖父および八世観世銕之亟、九世観世銕之丞に師事。昭和55年「鞍馬天狗・花見」で初舞台。「千歳」、「石橋」、「猩々乱」、「道成寺」を披く。『煌ノ会』、『鉦交会』主宰。国士舘大学21世紀アジア学部非常勤講師、明星大学人文学部非常勤講師。好きな食べ物は甘いものとお寿司。
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【出演情報】

2016年

1月17日(日)「能楽妄想ナイト」(荻窪・6次元カフェ)

2月6日(土)「三輪」(若手能/国立能楽堂)

3月11日(金)「飛雲」(銕仙会定期公演/宝生能楽堂)

6月25日(土)「望月」(三人の会/国立能楽堂)