vol.3 紐類Ⅰ/面紐

能の必需品

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能面をかける、もしくは能装束をつける際、なくてはならないものがある。様々な場面で使われる「紐類」だ。面や装束を効率よく固定するという機能的部分はもちろん、見た目を美しく見せるための工夫やデザイン、さらには使用する際には各家で伝えられてきた方法をもって扱われるなど、能の様々な面を見せてくれる重要なアイテムでもある。

能で使われる紐は、用途によって専用のものが用意されている。それぞれ〈面紐〉〈太刀紐〉〈唐織紐〉……などと名前があり、紐によってはいつ、どの色を使うかという細かい決まり事もある。今回は紐類の中でも特に「組紐」に限定して紹介したい。

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今回お持ちいただいたのは、右から、烏帽子紐、天冠紐、太刀紐、紫の唐織紐、赤の唐織紐、面紐の薄茶、黒、白、赤……と言われても、我々が想像つくのは〈面紐〉〈太刀紐〉〈烏帽子紐〉くらいで、あとは何のこっちゃという方も多いのではないだろうか。ということで、ひとつひとつ順番にプレゼンしていく。

トップバッターは〈面紐(めんひも)〉〈面紐〉とは、能面を顔に固定するために使われる2本の紐を指す。そもそも能面というのは、いまのお祭りで売られているようなお面とは違い、紐がはじめからセットされているわけではない。能面は能面だけで保管されていて、その都度、その時に使う能面に面紐を通す。面紐の素材は絹糸。組紐で丸打(まるうち/紐の断面がまるくなるように組むこと)に作られている。

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面の脇から出て、尉髪を通って後ろで結ばれている紐が〈面紐〉。(「屋島」谷本健吾/撮影・駒井壮介)

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写真にあるのは赤・薄茶・白・黒の4種類の〈面紐〉。それぞれ2本で一組になっている。紐の長さはだいたい同じくらいだが、翁用の紐(白色)だけは他のものより少し長めだ。面紐の選び方は、各流儀、各家でお約束がある。この能面にはこの色と決まっていたり、頭の色──黒であれば黒の面紐を、白であれば白の面紐を使用するなどといった具合で、ただし、「翁」で〈父尉延命冠者〉の小書(特殊演出)が付いた場合の千歳役のつける延命冠者、また能「鷺」で面を用いる場合は浅黄の面紐をつけるのが観世流の決まり。この浅黄色の面紐は、この二曲にしか使用しない。

『能楽大事典』(平成24年/筑摩書房)によれば、面紐の色の選び方は概して以下の表のようになる(※例外もあるためあくまで参考まで)。各流儀により、かなり違いがあることがわかるだろう。

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『能楽大事典』/p875「面紐」より

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面紐の乳(ち)の部分。丸く組まれたものと平らの2種がある。

〈面紐〉の先は片方が房状で、もう片方は写真のような細い輪っかになっており、この部分は「乳(ち)」と呼ばれる。能面には小面・姥・平太・童子のように「耳がない」能面と、尉の類いの面、般若、獅子口等のように「耳がある」能面があり、この耳の有る無しによって面紐の使い方が異なってくる。今回お持ちいただいた面紐の乳は写真のようにと平たくつくられたタイプ(右)と、丸打で組まれているタイプ(左)との2種類あった。銕仙会の場合はこの丸打に組まれているものを尉用として使っているのだそうだ。


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②耳のない能面の場合

能面の横についている穴に、外側から乳を通す。その輪の中に面紐を通して固定する。女面・男面に関わらず共通。

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紐を外側から輪の中に通す

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女面、男面ともおなじかたち


②耳がある能面の場合

〈コハゼ〉と呼ばれる和紙を何重にも巻いて作った小さな棒状のものが使われる。

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谷本さんのコハゼ

使い方は、まず①と同じように能面の耳部分についている穴に面の内側から乳を通す。その先を一度ひねり二重にしたところに、この〈コハゼ〉を通し、面紐を逆からしっかりと引いて固定する。

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ひねって二重にしてコハゼを差し込む

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仕上がりはこのようなかたちに

色による差異はない。耳がない能面のようにしっかりと結びつけているわけではないので、①にくらべ固定力は低い。動きの激しい曲の場合はコハゼが抜けるという危険性もあるので、コハゼがとまっている根本を糸で止めたりするのだそう。

①、②とも能面に〈面紐〉を固定した後は、左右から出ている紐を頭の後ろで結わく(面の着脱の場合、本人は面を両手で持ち顔にあて、能面の横から出た紐を後見等が結ぶ)。

 

「数ある紐の中でも、結ぶのに一番気を使うのが面紐です。紐がゆるんで面が落ちてしまったら、舞台を台無しにしてしまいますから。とにかく紐をきちんと結べるようになるのも、大切な修行の一つです。」(谷本さん談)

 

能面の視野は極端に狭いため、能面がすこしでもズレると大変なことになる。その心配を少しでもなくすため、しっかりとした専用の紐を使う。後頭部で結われた〈面紐〉は、普段は鬘帯や鉢巻き、垂れ(たれ)や頭(カシラ)に隠れて見えることはない。鬘の上を渡す場合も同系色の紐を使うためほとんど目立たない。常に陰に隠れたアイテムではあるものの、〈面紐〉は能になくてはならない重要な道具の一つである。

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面紐は「黒垂(くろたれ)」とよばれる髪の毛の下に隠れている。(「屋島」谷本健吾/撮影・駒井壮介)

監修/シテ方観世流 谷本健吾

▼能楽師のみなさんがお使いになる〈能の必需品〉を紹介するこのシリーズは、シテ方観世流能楽師の谷本健吾さんにご協力いただき更新して参ります。能面や能装束に造詣の深い谷本さんに、実演者ならではの視点で観客がなかなか目にすることの出来ない必需品を解説していただきます。(写真と文/編集部)

※次回の必需品は、紐類2〈天冠紐〉〈烏帽子紐〉を予定。



谷本氏写真

谷本健吾氏

シテ方観世流。銕仙会所属。昭和50(1975)年生。谷本正鉦の孫。祖父および八世観世銕之亟、九世観世銕之丞に師事。昭和55年「鞍馬天狗・花見」で初舞台。「千歳」、「石橋」、「猩々乱」、「道成寺」を披く。『煌ノ会』、『鉦交会』主宰。国士舘大学21世紀アジア学部非常勤講師、明星大学人文学部非常勤講師。好きな食べ物は甘いものとお寿司。
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【出演情報】
12月5日(土)「葵上・梓之出・空之祈」(瑠璃の会/銕仙会能楽研修所)