能楽堂をつなぐリレー公演 9月に矢来、宝生で

一般記事

リレー公演

全国にある能楽堂の有効利用と、能の普及発展を考える能楽師らが自ら《能楽堂ネットワーク協議会》という組織を立ち上げた。その旗揚げ公演となる『能楽堂リレー公演』が、9月8日(木)、9日(金)、15日(木)、16日(金)、矢来能楽堂と宝生能楽堂で行われる。

この公演では、特に〈初心者〉〈旅行者〉〈外国の方〉をターゲットに、誰でも気軽に能楽堂へ足を運んでもらえるような仕組みを実践しようとするもので、能楽堂への壁を出来るだけ取り払うことで能楽堂の活性化を目指す。第一回目となる今回は、能「葵上」を取り上げる。能の前には解説を、また希望者には日本語/英語のイヤホンガイド、タブレット端末なども用意するなど、ソフト面でサポートしつつ広く能の魅力をアピールする。

同公演について、企画立案者のひとりであるシテ方宝生流の辰巳満次郎氏に話を伺った。

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──9月8日、9日、15日、16日と宝生能楽堂と矢来能楽堂で『能楽堂リレー公演』をされますね。

辰巳 この公演は「能楽堂同士を横に結んで、共に普及の催しを行っていく」ということを目的とした第一弾です。主催は〈能楽堂ネットワーク協議会〉となっていますが、これは能楽堂を中心とした新しい組織として準備しているものです。そもそも能楽堂というのは、流儀や家の単位で使うことが多く、これまで横のつながりというのはあまりありませんでした。しかも、能の公演は原則一回きりの独立採算で、また集客が見込める日に催しが集中しますので、逆にそれ以外の日は能楽堂は空くんです。そこをどう活かすか。今、各地の能楽堂が大変な思いで運営している現状がある中で、私は前々から能楽堂同士のネットワークが必要だと思っていました。ただし、それは「情報発信」「情報共有」というだけでは足りなくて、能楽堂自体が繋がる催しをしてこそ意義も深まると思います。とはいえ、どこの能楽堂も慢性的に人手不足で、さらに仕事が増えればもっと大変になる。ですので、まずはこの会だけの事務局を作ろうと考えたのです。流儀などを越えて、個々ではなく皆が手を繋ぎながらやることで、能楽堂自体に人を呼ぶ環境をつくる。「能を見てみたい」という方への窓口になるということを目指しています。その実現に向けて今回、観世喜正さんに相談させていただき、宝生能楽堂と矢来能楽堂でリレー形式で演能することになりましたが、当然、各地の能楽堂の自由な企画を制限するものではありませんし、共存共栄を目指すものです。

──チラシは和文・英文が半々になっていますね。

辰巳 はい。この公演では特に海外の旅行者に来ていただきたいと考えています。2020年には、東京オリンピックも開催されますが、それとは別に最近はたくさんの外国の方が来日されています。その中には、日本の文化に興味を持って来られる人もいらっしゃって、そういった方に能を見て帰っていただきたい。そのためには、まず東京で「毎週、どこかで能が観られる」という状況にする必要があります。見所が満席にならなくても、そういった受け皿を作っていくことで、いずれは「日本へ行けば能楽堂で能が観られる」というところまで持っていくのが目標です。

──公演は四日通して「葵上」で、開演時間や料金も同じですね。

辰巳 お勤めの方や、旅行者に来ていただきやすい時間帯と考えて、毎回午後七時開演、解説付きでトータル一時間半程の公演にしました。ただし、今回は飽くまでモデルケースですから、実際にやってみて調整することになるかも知れません。また、今回「葵上」を選曲しましたのは、この曲が能らしい演出に溢れていて、能という芸能を理解していただくには最適な曲だと思ったからです。さらに、公演を通して同一曲を上演する事で、例えばイヤホンガイドも従来は生放送でしていたものが録音で可能となり、コストダウンにも繋がります。そういった事も含めて、今後公演システムを確立していきたいと思っています。  なお、今回の公演では、イヤホンガイドもタブレットも日本語と英語対応のものを用意しました。外国のお客様はイヤホンガイドをほぼ一〇〇%お使いになりますので、これは旅行会社の人にも大変歓迎されています。ちなみに、この外国語対応のイヤホンガイドに関しては、我々の行うワークショップで研修を受けた通訳ガイドのメンバーにお願いしています。これまでは我々能楽師の説明を通訳していただくのが普通でしたが、今後はそうではなく通訳ガイドの方々自身が説明できるように育てる必要があるのではと思っています。通訳ガイドは国家資格ですから、日本の歴史などひと通りのことは理解しているので、そこに能の知識をプラスしていただく。そうすることで、ガイド自身の商品にもなりますよね。また、通訳の際に能を説明する言葉なども、直訳ではなく精神性に則った上で適切な言葉を選んでいただけるように、ある程度共通させるようにしていきたいと考えています。そういった外部と能をつなぐ方への研修制度というも整えていくつもりです。

──今後はどういったことを考えていますか。

辰巳 まず、今回の公演では間に合いませんでしたが、近々事務局のサイトを立ち上げる予定です。初心者の方でもチケットを取りやすくなるだけでなく、インターネットは海外からもアクセスが出来ますので、海外の方でもチケットを手に入れられるように。また、国内にも外国語対応のできるオペレーターがいる必要がありますよね。もちろん、外国の人ばかりが増えるのがいいことだ、というのではありませんが、明治以降、日本では逆輸入から流行になるということも少なくありません。「伝統」というのは一度なくなったら再起はできませんから、その意味では能楽の伝統の衰退というは、もはやタイムリミットに達していると私は思っています。こういう催しを通して能の活性化に繋がるように、また、こういった舞台を設ける事で人材育成にもなりますから、能の将来にも良いことだと思っています。今後は、協議会加盟能楽堂を増やし、大都市各地の能楽堂を基軸に、郊外の能楽堂にも拡める予定です。私自身も郊外の能楽堂を運営しておりますが、海外旅行者から見ると日本国内の移動はたいした移動には感じないらしく、正しく地域性を活かした観光との共栄を図れると考えられますし、こういったことは旅行関係者のみなさんが詳しいので、色々と意見を聞きながら方法を考えていけたらいいですね。もちろん、能の愛好家にも来ていただきたいですが、コアな客層としてはまず能を見た事のない方、観光客を対象に、気軽に能楽堂に足を運べる環境作りを行っていく。その第一歩となればいいと思っています。

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 流儀を越え各能楽堂を繋ぐ事で、これまで能楽堂へ足を運びにくかった方へ橋渡しになるだけでなく、海外旅行者がチケットを取りやすくなるなど、新しい層の開拓にも繋がる画期的な取り組みとして期待される。

各日の内容、申込詳細は以下の通り。



▼8日(木)19時始/矢来能楽堂
解説・辰巳満次郎、能「葵上」シテ小倉健太郎、ツレ辰巳大二郎、ワキ福王和幸、ワキツレ矢野昌平、アイ山本泰太郎、囃子・小野寺竜一、田邊恭資、亀井広忠、梶谷英樹ほか。

▼9日(金)19時始/矢来能楽堂
解説・坂真太郎、能「葵上」シテ観世喜正、ツレ永島充、ワキ森常太郎、ワキツレ大日方寛、アイ山本泰太郎、囃子・小野寺竜一、鳥山直也、亀井広忠、梶谷英樹ほか。

▼15日(木)19時始/宝生能楽堂
解説・観世喜正。能「葵上」シテ遠藤喜久、ツレ小島英明、ワキ福王和幸、ワキツレ矢野昌平、アイ善竹富太郎、囃子・寺井宏明、鳥山直也、佃良太郎、金春國直ほか。

▼16日(金)19時始/宝生能楽堂
解説・山内崇生、能「葵上」シテ辰巳満次郎、ツレ和久荘太郎、ワキ森常太郎、ワキツレ則久英志、アイ善竹富太郎、囃子・熊本俊太郎、田邊恭資、佃良太郎、金春國直ほか。

入場料=各日4000円(全席自由)※希望者には有償で日本語と英語に対応したイヤホンガイド、タブレット(限定数)の貸し出し有。



〈チケット取り扱い〉

カンフェティ

☎0120─240─540

http://www.confetti-web.com/

〈主催・問合せ〉

能楽堂ネットワーク協議会

☎03─3811─4843(宝生能楽堂内)



※この記事は、『能楽タイムズ』2016年8月号の記事を下敷きに再構成したものです。また、同公演について同紙9月号5面に読者プレゼントを掲載しています。是非ご覧ください。